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2007年11月

2007年11月27日 (火)

気象神社物語(16)

  日本各地にある「知恵の神」の紹介(そのニ)
 「知恵の神」「八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)」・・・を御祭神にしている神社は「気象神社」の他、日本では思金神社(神奈川県横浜市)秩父神社(埼玉県秩父市)戸隠神社(長野県長野市)阿智神社(長野県下伊那郡阿智村))静神社(茨城県那珂市)などがあり、「(フリー百科事典)」を参考に調べたので紹介する。
 

「戸隠神社(中社)」
「天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)」
 Chusha                                                       戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
 その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。

 平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。

 江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東比叡寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。

 明治になって戸隠は廃仏毀釈の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。

 五社の「中社」の祭神は天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)学業成就・商売 繁盛・開運・家内安全に御神徳があります。

 「阿智神社」
 「天思兼命(あめのおもいのかねみこと)

Ati
 長野県伊那谷の山間地阿智村にあります。阿智神社は式内阿智神社といい、式内とは平安時代の延喜式という公式の書物にのっている。神社のことで、由緒ある神社のことです。

 阿智神社は前宮、奥宮の2つの社があります。前宮は昼神部落の中央部、昼神公園の近く梨子野沢川西岸にあり、祭神は天思兼命と天表春命です。相殿には誉田別尊、健御名方命、大山咋命が祀られています。奥宮は阿知川に沿って上ること2km余、本谷川と黒川が合流して阿知川となる老木が欝蒼としげる半島状の場所に祀られています。祭神は前宮と同じ天思兼命と天表春命です。奥宮の境内には古代の祭祀遺跡といわれている磐座(いわくら)という苔蒸した岩があります。

 祭神の天思兼命はものさしの元といわれるものを発明した神です。また天照大神が天の岩戸にお隠れになったとき、天照大神を再び外に出した神であるともいわれ、勉学や知恵授けの神と名高く参拝者も多くいます。

「静神社」
 「意思兼命(おもいかねのみこと)」

Shizujinja
 静神社(しずじんじゃ)は茨城県那珂市にあります。創建時期ははっきりしないが、『日本文徳天皇実録』に「嘉祥3年(850年)9月使を遣して静神社に奉幣せしむ」との記述があり、それ以前と考えられる。 鹿島神宮、香取神宮と共に東国の三守護神として崇拝され、豊臣氏や徳川氏から寺領などの寄進を受けたとの記録がある。

  江戸時代に入っては、水戸徳川家の祈願所とされ、維持管理は藩費によってなされた。 元々は神仏習合であったが水戸藩第2代藩主徳川光圀が1667年に唯一宗源神道に改め、本殿、拝殿、神門等を造営したが、1841年に社殿が焼失し多くの社宝を失った。 このとき燃えてしまった御神木の切り株が現在も境内に残っている。 現在の社殿は、水戸藩第9代藩主徳川斉昭により1842年に再建されたものである。

 主祭神は建葉槌命(たけはづちのみこと)、相殿神は 手力雄命(たじからのみこと)・高皇産霊命(たかみむすびのみこと)・思兼命(おもいかねのみこと)。 常陸一の宮の鹿島神宮に次ぐ常陸二の宮と称される。延喜式神名帳の名神大社。

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気象神社物語(15)

  日本各地にある「知恵の神」の紹介(その一)

 「知恵の神」「八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)」・・・を御祭神にしている神社は「気象神社」の他、日本では思金神社(神奈川県横浜市)秩父神社(埼玉県秩父市)戸隠神社(長野県長野市)阿智神社(長野県下伊那郡阿智村))静神社(茨城県那珂市)などがあり、(フリー百科事典)を参考に調べたので紹介する。

 八意思兼命の神については、「気象神社物語五」に掲載されていますので併せて参照願います。

・ 「八意(やごころ)」とは神格への尊称である
・ 「思兼(おもいかね)」とは名前の(おもい)は思慮、(かね)は兼ね備えるの意味、多くの人々が持つ思慮を一人で兼ね備えているほど頭の良い神様と言う意味あります。思考・思想・知恵を神格した神と考えられる。またの名を思金の神とも言います。

「思金神社」

「八意思金大神(やごころおもいかねおおかみ)」

Sikinn

この思金の神を祀った神社は、神奈川県横浜市(JR根岸線港南駅近くの小高い丘)に「思金神社」があります。
「思金神社」の御祭神「八意思金大神(やごころおもいかねおおかみ)」となっています。

 「思金神社」は昭和三年白山神社の拝殿として創建され、戦前戦後風雪に耐えて当時の氏子達に守られて、昭和四十三年白山神社に合祀され、昭和四十九年「思金神社」として祀られようになり、今日に到っています。

 岩戸隠れた天照大神を、天の安原に集まった八百万の神にアマテラス(天照大神)を岩戸の外に出すための知恵を授けた名参謀長の神を祀ってあります。
 この神社の御利益はその知恵と才能にあやかって、入試合格、昇進試験合格など学問・受験の神として、また、商売繁盛・家内安全・身体健全・良縁祈願・交通安全・地鎮祭・安産祈願などに信仰されている。

「秩父神社」

「八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)」

Titibujinja21
 埼玉県秩父市の秩父神社のあるところは国道140号を南下して道の駅「ちちぶ」近くに秩父鉄道の踏切がある。すぐの所に「秩父神社前」交差点があり、その角に神社の鳥居が聳えている。

 三峯(みつみね)神社、宝登山(ほどさん)神社と並んで秩父三社の一つとされ、古くから秩父地方の総社として崇敬を集めてきた秩父神社は、市街地のほぼ中央にある柞(ははそ)の森に鎮座している。

 秩父神社の歴史は古い。『先代旧事本紀』によれば、創建は崇神天皇の時代までさかのぼる。国造(くにのみやつこ)の知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)が祖神の八意思金命(やごころおもいかねのみこと)を祀ったのが、当社の始まりとされている。当時の知知夫は現在の秩父および児玉地方をいう。『国造本紀』は知知夫彦命を知知夫の初代国造としている。崇神天皇の時代に国造制が敷かれていたかどうかは疑問だが、いずれにせよ知知夫を氏名とする豪族がこの地方に盤踞していて、その祖神を集団で祀っていたものと思われる。

 秩父神社は、八意思金命(やごころおもいかねのみこと)、知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)、天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)を主神とし、昭和天皇の弟である秩父宮を合祀している。元々の祭神は八意思兼命と知知夫彦命ということになるが、これには諸説あり、八意思兼命・知知夫彦命の他に地方名を冠して「秩父大神」とする説などがある。明治の神仏分離により、妙見菩薩を妙見菩薩と習合していた天之御中主神に改め、社名も本来の「秩父神社」に戻した。

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2007年11月 7日 (水)

気象神社御払い(祈願)

  気象神社御祓い(祈願)平成19年11月吉日(大安 )

 O12将来活躍が期待される気象予報士が御祓いO07

去る平成19年6月1日は気象神社境内にて、「気象神社Web 」サービスが開始されたこともあり、気象神社の例祭は、元陸軍気象部関係者、気象関係者、報道関係者、都議、氏子代表者等により盛大に執行され、この「気象神社Web」に掲載されております。

    

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 今年の天候は地球規模の気象異変が続いており、南半球のオーストラリアでは春季に歴史的な少雨で大干ばつとなりました。                            

 日本では西日本の高級魚・サワラの水揚げが東北の海で急増して、この100年で日本海の海水温が1.6度上昇、地球温暖化の影響が漁場の変化に現れてきました。そして、この夏の最高気温は観測史上の記録で、40.9度が多治見と熊谷で観測、さらに40度以上の地点が五箇所同一日に記録など、最も暑い日で熱中症患者が多く発生しました。

 世界的に都市化や工業化が進んで異常気象被害は経済被害となって、その被害額は膨らんでいるのが目立ち、気象は大きなビジネスリスクとなってきました。

 普段は毎日Webカメラでリアルタイムの映像で参拝していますが、秋の気候の良い11月の大安に、皆で気象神社を訪れ、山本宮司に御祓いして頂き祈願を行うことになりました。

 「気象神社Web」でネットショップ(てるてるくんショップhttp://kisyou.ocnk.net/)を営む社長やその社員、新人でお天気キャスターを目指す気象予報士、映画の科学番組で中学生に気象を教える先生役を演じている気象予報士など、数名が御祓をいたしました。
 

 将来天気予報番組で活躍を期待されるキャスターのサービス内容の向上、気象を戦略的に また、リスクを少なくするために、気象ビジネス事業が発展することを一同心を一つにして祈願しました。

 気象を商売にする方、気象災害のリスクを少なくする国や地方自治体責任者の皆さんもぜひ気象神社に参拝・御払いにお出かけ下さい。

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