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2008年3月

2008年3月28日 (金)

気象神社物語(23)

海の神社(その2) 風の神 「風穴神社」

Photo 風穴神社の祠 HP赤星山 (写真参照)

海上で一番気になる現象は風であり、台風や台湾坊主と呼ばれる強い低気圧や季節風である。

昔、引安、文永年間のいわゆる元寇の役で、蒙古の大部隊が大きな被害を受け、そのために我が国は難をまぬがれた話はあまりにも有名である。神の風は敵も味方も平等に吹いた筈で、大きな海難を受けたのは馴れない航海に対する判断の甘さであった。

風の予測は非常に難しいものである。ギリシャのアテネには8つの風の神の彫刻があるそうで、それぞれ8つの風の方位を受け持っている。日本の風の神の姿は鬼であり、大きな風の袋を抱えている。

やまじ風で知られる愛媛県東部宇摩地方には土地特有の風がある。この「やまじ風」は、山からの吹きおろしの風でこの地方の人々にはやっかいもので屋根瓦も吹き飛ばすほどである。

養老4年(720)に宇摩大領越智玉澄が大山積の神をお迎えしようとした所、土居の沖で「やまじ風」が吹き船が遭難しかけた。玉澄が豊受山に向けて祈ると、豊受山の隣の山に流星が飛び山頂に赤い火が現れ海を照らし、嵐がおさまったと言われています。後赤星の現れた山を赤星山と呼ぶようになったという。HP「赤星山」参照)

そこにある豊受山の頂にある一つの穴を風穴と呼び、その穴から強い「やまじ風」が吹くと信じていたと言う。昔からそこに小さな祠を祭って「風穴神社」と呼び、例祭日には経一寸の団子を備えて、豊作を祝うと共に風穴に団子を投げ入れて「やまじ風」を吹かないことを祈願しているという。

風は昔から恐れられているが、現代でもその一面は忘れられておらず、風の神の威厳もなかなか崩れそうでない。                                (参考文献;「漁業と気象第50号」

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2008年3月26日 (水)

気象神社物語 (22)

     海の神社(その1)   金刀比羅宮(ことひらぐう)

Photo 全国にある「こんぴらさん」の総本宮「金刀比羅宮」

ご鎮座は神代のころと伝えられ、古くはご祭神大物主の神一柱で、海の神様として厚い信仰を集めています。

 海難事故で決して忘れることが出来ないものに、昭和29年9月26日から27日にかけて台風15号による仮泊中の洞爺丸を含む青函連絡船5隻が沈没した大惨事と、もう一つは昭和40年10月6日から7日にかけて台風29号を避けるためマリアナ海域のアグリハン島に避難した日本漁船7隻が遭難した惨事である。

 台風時は風力階級10以上(25m以上)になると、海上は山のような大波で、中小型の船は一時見えなくなることもあり、海は一面大きい白い泡の塊でおおわれて風下に尾を引いて流れる。そして、いたるところに波頭はしぶきとなって吹き飛ばされ視界は全く悪く、くわえて 滝のような豪雨に見舞われ状況は想像を絶するものであります。

 昭和29年の台風15号は典型的な日本海北上型で、鹿児島に26日2時に上陸し、毎時100kmの猛スピードで大分、松山、広島、米子付近を通過し発達しながら日本海抜け、21時には北海道の寿都沖に向け、まっしぐらに通り抜けました。九州から北海道まで15時間で進み、最大風速は42m/sでした。
 被害は死者行方不明1761人、船舶破損3856隻、家屋全半壊3万戸弱等で海難事故の最大級でした。また、昭和40年10月7日の台風はアグリハン島の台風の中心気圧は914mb、最大風速は50m/s、24時間で、この海域では50mb気圧が低下しました。   なお、日本で最も大型台風であった伊勢湾台風(昭和34年9月22日から23日)は最低気圧905mb、24時間で91mb下降しました。

 このように、海上では台風は想像を絶しますので、気象情報を効果的に利用しても、大きな惨事になることもあります。
 このために、船会社の経営者や漁業関係者は古くから海の神様として厚い信仰を集めている神社「金刀比羅宮」に参拝に出かけます。

 金刀比羅宮は主たる祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)とともに、相殿(あいどの)に崇徳(すとく)天皇が祀られています。農業殖産、漁業航海、医薬、技芸など広汎な神徳を持つ神様として、全国の人々の厚い信仰を集めています。特に、船関連、漁業関係者には大事な海の神様です。

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2008年3月13日 (木)

気象神社物語 (21)

           運輸に関するする神社について(その二)
                                       「航空神社」(2)

Photo Photo_2

運輸関連に関する神社の中に「航空神社」の由来については航空神社(1)に記載しましたが、羽田空港・第一ターミナル・1階に「「羽田航空神社」があります。

  航空に最も縁の深い羽田空港の地に航空界発展の礎となられた諸々の御霊をお祀し、今後の航空界の躍進と航空安全輸送の御加護を祈念する神社です。
昭和38年7月財団法人日本航空協会の航空神社より祭神分霊祭を挙行し「羽田航空神社」を分社創建されました。
現在は羽田空港を離発着するパイロットや客室乗務員他関係者が参拝されることが多いと聞いております。

さて、飛行機を利用する時は、不安がつきまといます。離着陸の時に機体がガクンと揺れたり、なかなか着陸しない時、また、飛行中揺れが大きい時などは「何かあっただろうと」非常に不安がよぎります。

  航空機の運航には気象情報は欠かせません。特に離発着する時の気象が一番大事です。雷雲が近づいたり、前線や低気圧のじょう乱が近くにある場合は、大気の下層の風が急激な変化をしますので、最も飛行機の揺れが大きく事故に結びつく可能性があります。
最近、各空港にある気象台は最新式の空港気象ドップラーレーダーを設置し、気流の乱れの強さを観測し、離着時の可否の判断である飛行方式や進入方式を決定するための観測業務を行って、航空会社や航空局に情報を提供しています。

気象神社を創建した陸軍気象隊は主として、飛行集団の各飛行部隊に気象班を派遣し、転進の指令部将校に気象の判断情報を伝えました。特に、昭和18年12月の東亜戦争カルカッタに対する陸海共同の大規模な進撃機(陸軍92機、海軍36機)作戦は気象隊の協力で大成功を収めたと陸軍気象史に掲載されています。

飛行機を利用する時は漠然とした不安がありますので、[航空神社]や[気象神社Web]で参拝し搭乗すると安心感が出ます。

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2008年3月12日 (水)

気象神社物語(20)

運輸に関する神社 その二

                 航空神社(1)

                

               Photo_2   

             

運輸関連に関する神社の中に「航空神社」があり、その由来等についての詳細は、財団法人日本航空協会ホームページ「航空神社抄史」があります。

(「気象神社WEB」のお知らせ・関連リンクから「航空神社」をクリック)

この神社は昭和6年11月に帝国飛行協会が飛行館屋上に創建され、靖国神社宮司が斎主により鎮座祭が執行され、当時の霊爾簿には航空殉職者325柱がありました。戦争等で一時祭神が中断されましたが、昭和28年に財団法人日本航空協会発足により航空神社祭が復活され、昭和38年から航空功労者も合祀することとなりました。

昭和49年の合祀祭神の当時は航空殉職者、航空功労者を含め、霊爾簿総数6367柱となりました。

昭和57年には航空神社奉賛会が主導する募金活動により、航空会館屋上に航空神社新社殿が落成し、竣工祭並びに遷座祭が挙行されました。

航空神社の祭祀を従来の祭神慰霊の神社から航空平安祈願祭の神社へと転換し、現在は祭神を1月の新年祭と9月20日の例大祭とする航空平安祈願祭(航空安全災難除け・旅行安全・交通安全)を航空関係者で行っています。

気象に縁が深い航空関係には「航空神社」が、東京都港区新橋の航空会館9階の屋上にあります。            

                           平成19年12月撮影  航空会館屋上

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2008年3月11日 (火)

気象神社物語(19)

運輸に関する神社 鉄道神社(2) 鉄道と気象関連の関わり

鉄道に関する過去の大規模自然災害は、千数百人の犠牲者から犠牲者はないけれど、数ヶ月も運行が出来ないなど数多くの災害例があります。

鉄道建設や線路保全の現場に行くと必ず神棚があり、毎日参拝する姿が現在も続いています。

鉄道の過去の災害例を見てみますと(鉄道と電気技術“99Vol10 Vo5参照)

一、        青函連絡船「洞爺丸」転覆海難は昭和29年9月29日台風25号で最大風速58mの強風により、洞爺丸が沈没した事件は犠牲者千数百人。

二、        台風による鉄柱倒壊は平成10年9月22日台風7号による暴風(最大風速40m)で南大阪線の鉄柱12基が連続倒壊し、復旧は約40日。

三、        平成5年8月6日鹿児島地方は集中豪雨に見舞われ、日豊線滝野水駅で列車が土石流に呑み込まれ電車路線断線は6Km。

四、        その他、1)強風が原因で山陰本線餘部駅付近での脱線転覆。2)新潟・長野県境の豪雪地帯では7mを越す積雪で、支柱倒壊・着雪による電線切断、倒木による列車支障。3)信州の小海線や北海道では冬季-30度にもなり線路が凍上現象(霜柱で線路が上る)で列車支障。4)高温でレールが曲り、雷で信号設備や通信制御システム故障など

近年は異常気象で天候の急変で被害も大型化しており、鉄道への被害も地下駅や地下線路への浸水、高速化輸送への地震被害など、大量輸送時代の備えが重要となり、神社への参拝も必要となってきました。

なお、鉄道神社は信州野辺山高原にご神体はレール? JR最高地点に立つ鉄道神社」エキサイトのブログに掲載されていました。

標高1345.675mの表示のある野辺山駅近くの国道141号線沿い脇にJR「最高地点」の名の隣に赤い鳥居があるところが、「鉄道神社」です。鳥居の奥に鎮座しているのはSLの車輪とレールがご神体です。JR最高地点に何かモニュメントと考え創建したもので、建立は2005年4月26日。車輪は小海線を走っていたC56の前輪で、JRから寄付されたもと掲載されていました。

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2008年3月10日 (月)

気象神社物語(18)

                        運輸に関する神社

                鉄道神社(1)

Railroad    鉄道と人情の町「東田端」

  安全祈願の鉄道神社      東田端まちネット(参照)

  

鉄道と気象は非常に縁が深く、鉄道は自然の過酷な気象条件の中でも運転しなければなりません。したがって、過去には強風や豪雨に伴う路盤崩壊等により大きな鉄道事故が数多くあります。

鉄道の輸送・線路・電気供給等災害に結びつく気象要素としては、「風」「雨」「雪・氷」「雷」「温度」「湿度」「霧」等があり、これらの気象の悪化に伴って災害が発生する可能性が高くなります。鉄道事業者は災害防止対策として運転規制や設備強化のための投資を積極的に推進していると聞いております。

鉄道の安全輸送のためには気象庁と鉄道事業者間では昭和9年の室戸台風を契機に連絡会を通して鉄道気象通報業務が行われ、気象台から諸現象の情報が通報され、鉄道事業者は災害防止のために努力されております。

しかし、厳しい自然の中を各設備が正常に機能し維持管理されていなければなりません。自然現象を事前に把握したうえで運転しなければ事故につながります。

近年を振り返ってみましても、強風・豪雨・雪害・塩害・地震等による自然災害の鉄道事故が目立っています。

万全な防災対策や気象・地震の情報を確実に把握し、最大限防ぐために努力しても、鉄道災害は忘れた頃にやってくると言われています。

平成2年頃、東京駅前の旧国鉄本社ビル勤務の友人に会った時、ビル8階屋上の一角に「鉄道神社」があり参拝させて頂きました。友人の国鉄職員から聞きましたところ、鉄道の安全輸送のために各指令を出す指令所(保線・輸送・電力等)の職員の方々が良く参拝されると聞きました。この神社は平成13年に、JR東日本東京地域本社(北区東田端)に移設されています。

設備面での設計基準の見直しや運転規制をしても自然災害を制御できることは出来ません。このため、各指令の担当者は災害が起こらないように精神的なよりどころが必要であり、豪雨・強風・雷など大規模災害が起こりやすい時、特に,気象が基準値を超え悪化した場合は鉄道神社の神の力をよりどころにしたのだろうか。

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